他者の幸福を保護し、促進するために、人は真実を歪めて社会規範に反した行動をとることがある(つまり、嘘をつくことがある)。本研究では、他者との親和性や協力を促進するホルモンであるオキシトシンと、このような集団のための嘘の関連性を検討した。嘘をつくと自分が所属する集団の利益が増加するコイントス課題(裏か表かを当てる)を用いて、オキシトシンを投与された参加者は集団のために嘘をつきやすくするといった仮説を検証した。オキシトシンの投与に関しては二重盲検法を用いた。参加者は嘘をついているかどうかを実験者に明らかにならない状況で自分の利益が集団の利益につながるコイントス課題を行った。その結果、オキシトシンの投与を受けていない参加者(男性30人)と比較して、オキシトシンの投与を受けた参加者(男性30人)は集団のために嘘をついており、嘘をつく判断時間も短くなっていた。また、オキシトシンの投与は、他の集団構成員が自分のために嘘をついてくれるといった互恵性の認知に影響を与えていなかった。オキシトシンの投与の効果は利益を取得するための課題で顕著であり、損失を回避するための課題に対しては影響が見られなかった。集団ではなく自己利益のみのために同様のコイントス課題を行った統制条件では、オキシトシンの投与の影響は見られなくなった。本研究の結果は、嘘をつくことが神経生物学的な回路の進化に深く根ざしていることを示す道徳形成における機能的観点と一致し、オキシトシンの分泌は意思決定者の焦点を自己から集団の利益に関心を移すといった先行研究と一致していた。
●文献情報
Shalvi, S., & De Drue, C. K. W. (in press). Oxytocin promotes group-serving dishonesty. Rroceedings of the National Academy of Science.
以下、ざっくり内容紹介
- オキシトシンを投与されると、自分のためではなく、集団の利益のために嘘をつきやすくなることを報告した研究です。
- オキシトシンを投与されると、他者の嘘を見抜けなくなる研究を以前紹介しました。
- 課題は非常に単純です。PC上でコイントスを行った後の裏表を「頭の中」で予測してもらい、予測がはずれたか、あっていたかを報告します。頭の中での予測なので、実験者に嘘をついてもばれない状況設定になっています。
- 予測が当たっていたときの報酬に関しては3条件が設定されており、当たっていたら€3もらえる利益獲得条件、当たっていたら€3の損失を回避できる損失回避条件、当たっていても報酬がない利益なし条件でした。
- 実験を行う状況設定として、無作為の3人が1組の集団として設定され、得られた利益が集団に還元される集団条件と、参加者個人で実験に参加する個人条件がありました。
- 今回の実験も嘘をついていたかどうかは報告された正答率の分布から検討しています。
- 実験の結果、オキシトシンの効果が見られたのは利益獲得条件のみであり、オキシトシンを投与された人は集団のために嘘をついていたことが示されました(図1)。個人条件ではオキシトシンの効果が見られませんでした。
図1 課題条件別の予測が当たった回数
※論文から読みとったため値は正確ではありません。
- また、集団条件と個人条件の利益獲得条件の結果を詳細に検討したところ、集団条件の極端に予測が当たった人(的中率90%以上)においてオキシトシンの効果が見られていました(図2)。つまり、集団条件でオキシトシンを投与された場合には、90%以上の極端な的中率を報告する人が多かったということです。
図2 実験条件・正答率別の予測が当たった割合
※論文から読みとったため値は正確ではありません。
- さらに、集団条件の参加者に他のメンバーが集団のために嘘をついたと思うかを検討したところ、オキシトシンの効果は確認されませんでした。つまり、集団のために嘘をつくようになったのは、他者が自分のために嘘をついてくれるといった互恵性に依存していなかったということです。
- 予測を回答するまでの反応時間を検討したところ、個人条件で差は見られませんでしたが、集団条件ではオキシトシンを投与された場合に反応時間が速くなっていました(図3)。
図3 実験条件別の反応時間
※論文から読みとったため値は正確ではありません。
- 以上の結果をまとめると、集団の利益を獲得する状況においてオキシトシンの分泌は意思決定を早くかつ直感的にさせていることが示唆されたと考察されています。
- また、著者達はオキシトシンの分泌に関連する神経回路が人の社会規範の学習に関わる生物学的な基盤になっている可能性を主張していました。