多くの先行研究では、嘘をつきたくなる状況で嘘をつかないためには自己制御資源が必要になることから、人は自己利益を獲得しようとする傾向が初期設定になっている可能性が示されている。しかしながら、他の研究では、自分の非倫理的な行動を正当化できる範囲でしか嘘をつかない可能性が示されている。これらの研究結果を統合するため、直感的認知システムと熟慮的認知システムを区別した2元システム理論に基づいた研究を行った。本研究では、不誠実な行動を控えようとしている人には、“落ち着いて考えるのに十分な時間”と“利己的で非倫理的な行動を正当化できない状況”が必要になるといった仮説を設定した。参加者は、一人で報酬を決めるためのサイコロを振る“カップを用いたサイコロ振り課題”を行った。実験では、参加者がサイコロの目を報告する時間(短い条件・時間制限なし条件)を操作した。その結果、自己利益を追求する自動的な傾向は、考える時間が十分にあり、嘘をつくための個人的な正当化ができない場合には嘘をつかなくなっていた。
●文献情報
Shalvi, S., Eldar, O., & Bereby-Meyer, Y. (2012). Honesty requires time (and lack of justification). Psychological Science, 23(10), pp.1264-1270.
以下、ざっくり内容紹介
- 嘘をつかないためには自己制御資源が必要であるといった多くの先行研究から、人は基本的には自己利益を追求してしまう傾向があることを想定した研究です。
- つまり、嘘をつきたくなる状況でタイムプレッシャーがある場合には、人は嘘をつくやすくなるだろうといった仮説を立て研究を進めています。
- また、著者達の先行研究では、嘘をつく行為を自分で正当化できる状況の場合、人は嘘をつきやすくなることが示されています。
- 具体的には自分しかサイコロの目を知りえない状況で、3回振った後に“最初の目の結果のみ”を報告するときと、1回だけ振った後に報告するときでは、後者の方が嘘をつきにくいことが示されています。3回振った場合には最初よりも望ましい結果がでる可能性があり、その場合は嘘をつくための正当化が行えるという仮説を検証しています。
- 実験は上記のサイコロ振り課題を用いて、タイムプレッシャー条件(あり・なし)を設けています。あり条件では3回振った結果を20秒以内に報告、なし条件では時間制限がありませんでした。
- 実験1は正当化ができる状況(3回振って最初の目だけ報告)が設定されていました。実験の結果は下記の図の通りです。タイムプレッシャー条件によらず、サイコロの目の分布には偏りが見られ、低い目よりも高い目を報告する人が多くなっていました。つまり、確率論的に考えると嘘をついていたことが示唆されます。
図1 実験1の結果
※数値は論文からの目測なので正確ではありません。
- 実験2は正当化ができない状況(1回だけ振る)が設定されていました。実験の結果は下記の図の通りです。タイムプレッシャーなし条件では分布に偏りは見られませんでしたが、タイムプレッシャーあり条件では分布に偏りが見られ、低い目より高い目を報告する人が多くなっていました。
図2 実験2の結果
※数値は論文からの目測なので正確ではありません。
- また、両実験で感情も測定していましたが、実験2においてのみサイコロの目を高く報告した人ほど、ネガティブ感情が高くなっていました。著者たちは、嘘が正当化できないと嘘をつくときのネガティブ感情が高くなる可能性を主張しています。
- 以上の結果から、人は利益を得るために嘘をつきたくなる状況では嘘をつくことが初期設定ですが、十分に考える時間があれば、嘘をつかずに誠実に対応できることが示唆されました。
- 最近の自発的に嘘をつかせる課題は、実際に嘘をついていたかを問題にせずに、確率論的に嘘が生じていたことを想定するものが多いようです。倫理的な問題があると思いますが、実際に嘘をついていたかの確認が取れた方がいいのかなと思いました。