本当の笑顔(Duchenne smile)は自発的な喜びが生じたときに表出されるのではなく、本当の笑顔を示す特徴をもつ表情を意図的に模倣できることを示す知見が蓄積されている。本研究では、a) 自発的に表出された本当の笑顔、b) 意図的に表出された本当の笑顔の特徴を持つ表情、c) 自発的に表出された嘘の笑顔、d) 意図的に表出された嘘の笑顔の特徴を持つ表情を見たときに表情模倣が同程度に生じるかどうかを検討することを目的とした。実験ではa) からd) の各表情を短い映像で呈示し、その映像を見ているときの参加者の顔面筋電反応を記録した。また、全ての表情を見終わった後に再度同様の表情が呈示され、表出者の感情価・覚醒感・笑顔の本当らしさを評価した。その結果、先行研究と同様に、笑顔の表出者の意図性および笑顔の形態特徴の違いによって感情価と覚醒感の評定は有意に異なっていた。しかしながら、表情模倣を示す顔面筋電反応の違いは笑顔の形態特徴(本当の笑顔・嘘の笑顔)によってのみ生じていた。本研究の結果は、他者の表情を理解するために表情模倣が果たす役割に関連した問題に対して重要な意義を持ち、笑顔のさまざまな意味を判別するときに表情模倣が重要である可能性を示している。
●文献情報
Krumhuber, E. G., Likowski, K. U., & Weyers, P. (2014). Facial mimicry of spontaneous and deliberate Duchenne and non-Duchenne smiles. Journal of Nonverbal Behavior, 38(1), pp.1-11.
以下、ざっくり内容紹介
- 表情模倣(facial mimicry)に関する研究です。今回の研究では、さまざまな笑顔に対する表情模倣の検討を行っています。笑顔の種類はやや複雑です。
- 表情模倣とは、コミュニケーションをとっている人の表情を無意識的に模倣する現象のことです。表情模倣が生じることで他者の感情や意図の理解が促進されることがいくつかの研究で報告されています。
- 今回の研究では本当の笑顔(Duchenne smile)と嘘の笑顔(non-Duchenne smile)に対する表情模倣の研究です。これまで自発的な喜びが生じたときにだけ本当の笑顔が表出されると考えられてきましたが、実はそうでもないことが報告されています。
- 本当の笑顔を示す特徴は目尻が下がることとされてきました。これは不随意筋である眼輪筋が関与しているため、意図的には変えることができないと考えられてきました。しかし、人によっては意図的に目尻を下げることができるそうです。
- ということで、著者たちは笑顔を表出するときの意図性(自発的・意図的)と、笑顔の形態特徴(本当の笑顔・嘘の笑顔)を操作した短い映像を見せたときの参加者の顔面筋電反応(大頬骨筋・眼輪筋・皺眉筋)を記録することで、表情模倣に違いがあるか検討していました。刺激の作成方法や細かい呈示方法は本文をご参照ください。
- また、表情模倣をするかどうか検討した映像について、表出者の感情価・覚醒感・笑顔の本当らしさを9件法で評価させています。
- 実験計画は、笑顔を表出するときの意図性(自発的・意図的)×笑顔の形態特徴(本当の笑顔・嘘の笑顔)2要因参加者内計画です。参加者は女性の大学生30名でした。女性の参加者だけにしたのは先行研究から女性の方が表情模倣が生じやすいことがわかっているためでした。
- 実験の結果、顔面筋電反応に関しては笑顔の形態特徴の主効果しか見られませんでした。嘘の笑顔よりも本当の笑顔を見ていた参加者の大頬骨筋と眼輪筋の活動が大きく、皺眉筋の活動は弱くなっていました(図1)。この結果から表情模倣は生じていたと考えられます。皺眉筋の活動は緊張を反映しているため、本当の笑顔のときの方が活動が低下すると考えられます。
図1 参加者の顔面筋活動
注)エラーバーは標準誤差
- 興味深いのは、笑顔を表出するときの意図性に関する効果は見られなかったことです。表出された笑顔の意図性に関わらず、形態特徴が本当の笑顔を示す時に表情模倣が強く生じていたと考えられます。
- その一方で、主観評価である感情価には笑顔の意図性と形態特徴に有意な交互作用が見られていました(図2)。自発的な本当の笑顔は、自発的・意図的な嘘の笑顔よりもポジティブに評価されていました。また、意図的な本当の笑顔は、自発的・意図的な嘘の笑顔よりもポジティブに評価されていました。さらに、意図的な嘘の笑顔は、自発的な嘘の笑顔よりもポジティブに評価されていました。
- 笑顔の真正さにも同様の交互作用が見られていました(図2)。自発的な本当の笑顔は、自発的・意図的な嘘の笑顔よりも真正さが高く評価されていました。また、自発的な本当の笑顔は、意図的な本当の笑顔よりも真正さが高く評価されていました。さらに、意図的な本当の笑顔と、自発的・意図的な嘘の笑顔には真正さの評価に差がみられませんでした。
- 笑顔の覚醒感には笑顔の形態特徴の主効果のみが有意でした(図2)。本当の笑顔は、嘘の笑顔よりも覚醒感が高く評価されていました。こちらの評定はなぜか数値が小さいほど覚醒的になっていることを示しているのに注意してください。
図2 笑顔自体に対する主観評価
注1)エラーバーは標準誤差
注2)覚醒感は値が小さいほど覚醒していることを示す
- 以上のように主観的な水準では笑顔の表出者の意図をある程度弁別できていましたが、表情模倣という観点からは意図の弁別はできていないことが示されました。興味深い結果です。
- 著者たちは本当の笑顔とは何かについて改めて整理する必要性を示唆しています。表情の形態特徴からだけではなく、表出者の意図性(自発的・意図的)も考慮して検討していくべきだと主張していました。